ADHDの汚部屋、こんな感じでした

ADHD

こんにちは、ゆるまめ(@yuru_adhd)です。

スマホの中を整理しようと見ていたら、独身時代の部屋が出てきました。

まだ自分がADHDであることも知らず、子供もいないので好きなものを好きなだけ集めていました。

いま、この写真に写っているもので残っているものってほとんど無いんじゃないかな……?

とにかく物が多かった

独身時代は、オタク趣味に没頭する日々でした。仕事の休みは遠征してコスプレしてたりとか。

ここは本、グッズ、DVD、CDとか……

コナンと吉田秋生と萩尾望都以外はほとんど漫画も持っていなくて、同人誌も好きですけど、買って読んだらすぐ専門の書店に買い取ってもらっています。

パワーストーンとかも好きでした。あと、鹿のグッズ集めにもハマっていました。

仮面ライダーのキューピーもこれ多分全種?あったような。売りました。結構いいお値段になりました。

パソコン周り。いつも片付けの本やブログを読んでは、片付かないなぁと思っていました。

結婚、妊娠を機に捨て始める

この頃にこんまり先生の本と出会い、かなりの服を捨てました。山のようでした。

オタク趣味ものは全部ときめくし、揃っていることにときめきを感じていたため減らすことも出来ませんでした。

自分の物、夫の物、子供の物が混在し始めて、さらにカオスになりました。

あの頃の私に言いたいこと

今気をつけていること

ADHDと分かって、対処法としてまず

  • 処理出来る範囲に物を減らす
  • ラベルなどで視覚化する
  • ときめきと衝動を勘違いしない
  • 視覚の刺激(色)を抑える

を意識してきました。

もちろんまだまだ物は多いし、いまだに衝動的に「あれがやりたい!欲しい!」になります。

ただ、家族がADHDを知ったことで、制止してくれるようになり、考え直す時間が作れるようになったと思います。

「人間のクズ」と言われた

私の診断が降りる前はあまりの怠惰さに家族から「人間のクズ」と罵られたり、夫の親からも「ダメ嫁」と夫がかなり嫌味を言われていたようです。

夫も「よその妻はもっとちゃんとしてる!」と喧嘩の度に言っていました。マルチタスクが苦手なので、当時の私は子育てで精一杯で、子育てだけでも頑張っているのに……と思っていました。

下の子が一歳からパートにも出ましたが、キャパオーバーからなのか、酷い偏頭痛に悩まされるようになり、特に雨の日は吐くほどの痛みに。

病院は怖くない

そこから、偏頭痛の病院を探し始めてあちこち回りました。漢方薬を飲んだり、起立性低血圧や起立性調節障害も疑いました。

なかなか原因がわからずいた時に、テレビで大人の発達障害の特集を見ました。そこで、「気圧の変化に弱い」という項目でもしかして……?と疑ったのです。

そして医大へ行き、様々な検査をした結果。ADHDは確定、ASDもグレー(というか数値的にはコッチが黒)と判明したのです。

家族のフォローに感謝

なのであの頃の私に一番言いたいのは「とにかく病院へ行こう」です。

あまりにも片付けられない、無駄遣いが多い、やる気が出ないって、発達障害じゃなくても何か心に負担がかかっている時もあるそうです。

診断が降りて、ストラテラを飲んで、家族も傾向を把握してくれたことによって、苦手なことはサポートを受け、得意なことは熱中出来るようにしてくれました。

サポートをすることが家族の負担になるかもと考えていましたが、むしろお互いに怒る機会が減って、楽になったようです。

 

そんな感じで、今はここまで汚部屋にリバウンドすることもなくなりました。

物に支配されない生活は快適です。子供の物は多いですが、こちらは一時のことなので成長とともに減っていくでしょう。

もっと早くに診断が降りていれば人生違ったかなぁとは思いますが、まだまだこれから!頑張っていきたいと思います。

ではでは。

タイトルとURLをコピーしました